第5話 龍泉寺詩乃の初めて(中編)

詩乃のブーツは無慈悲に子猫を踏み潰す
さてどうしよう、と詩乃は考える。
子猫でも十分に動き回ることができ、逃げ回られればじっくりと踏み殺すことは難しいかもしれない。
「あの、フェル?」
「なんでしょう」
「少し、手伝ってもらえる?」
詩乃がフェルステアに頼んだことは、単純なことだ。
子猫が暴れないように、押さえておいて欲しい。
ただそれだけである。
でも詩乃にはそれが少し心配だった。
詩乃より子猫を受け取ったフェルステアは、暴れる子猫を膝と片手を使って地面にうつぶせで押し付けてくれたのであるが、それはまるで詩乃が彼女を跪かせているようにも見えたからである。
「あ、あの、ごめんね? すぐに動けなくするから、そうしたら立ってくれていいし」
「お気になさらずに。私のことなどよりも、まずはこれを愉しんで下さい」
「う、うん」
生唾を飲み込んで、詩乃は足元を見やる。
そこには爪を立てて暴れる子猫の姿があったが、フェルステアの拘束の前にはもちろん無意味だったと言っていい。
まず目についたのは、詩乃の爪先にまで伸びた子猫の前足だった。
まるで万歳をするかのようなポーズで、押し付けられている。
「まずは……感触を確かめてみるね」
詩乃はそう宣言して、そっとショートブーツをその前足の一本に軽くかぶせる。
まだ踏んではいない。
ややソールの高いブーツということもあって、少し感触が分かりずらい。
まあいいか、と思い直し、踏む位置を見とった詩乃は、再びブーツを持ち上げると、えいっ、と力いっぱい踏み込んだのである。
ガズッ……!
ミギャアアア――!!
「!?」
子猫のけたたましい悲鳴に、詩乃はびっくりしてつい一歩引いてしまっていた。
見れば、子猫の前足だったものは完全にひしゃげ、ブーツの靴底の幾何学模様を刻み込まれており、さらにどういうわけか、その周囲のコンクリートに大きなヒビをいくつも作っていたのである。
というか陥没していた。
「え? ちょっと、なに?」
力を込め過ぎた?
でもちょっと力を込めて足を踏み込んだ程度で、コンクリートの床が砕けるというのはおかしい。
「詩乃様」
「は、はい」
「やはりお気づきではないようでしたが、今の詩乃様は以前の詩乃様ではありません。すでに千乃様から力の一部をいただいているのです。そうでなくてはいかに脆いとはいえ、人間の頭蓋を踏み砕くなどという行為ができるはずもないのですから」
「あ……」
「今の詩乃様ならば、相手がただの人間ならば、多少頑張れば素手で解体できる程度の力はあるのですよ。それを思い切り、このような小動物に向けたら簡単に壊れてしまうのは当然です」
「そう……なんだ」
「長く愉しみたいのでしたら、手加減を覚えませんと」
「うん。そうだね」
素直に詩乃は頷いた。
フェルステアがこれみよがしに前足を伸ばさせていたのも、それを実践を教えるためだったのだろう。
もし最初にフェルステアがやったそのままを真似していたら、たったの一踏みで、この猫がぐしゃぐしゃになっていたかもしれない。
――そういうのも、ちょっと興味があったが。
「じゃあ……次はゆっくりやってみるね」
詩乃はそれじゃあとばかりに、もう一本残っている前足に狙いを定めた。
今度はひと思いにではなく、じわじわと、しかし凶悪な意思をもって、ブーツの靴底を落としていく。
ウニャ! ウニャ! ウニャアア!!
子猫の悲鳴。
しかしそれも、詩乃の興奮を高めてくれるだけ。
すでに子猫の前足は、ブーツの下。
ギリギリと、体重を乗せていく。
パキパキ――
「あ、折れたね? 厚底のせいで分かりにくいけど、今のは分かったわ」
嬉しそうに、詩乃が感想を漏らす。
その間にも、次々に骨が砕けていく音が地下室に響いていく。
そのうちに耐えられなくなったように、詩乃はブーツの爪先を右側に捻ったのである。
バギッ!
その行為により、子猫の前足は九十度近くにへし折られていた。
同時に聞こえた生々しい音は、まさに生理的嫌悪を誘う類のものであったが、すでに詩乃にとってはそうではなくなっている。
「ん……っ」
予想通り、前足をねじ切った感触とその音に、時分の秘所のうずきが大きくなるのを感じていたからだ。
「いい……わね」
ややうっとりしながら、詩乃は未だに靴底を前足に乗せたまま、体重をかけつつ後ろへと退く。
そのせいで、子猫の前足はぐしゃぐしゃに押しつぶされながら、途中で引き千切れてしまった。
「ふふ。可愛い肉球」
ようやくブーツをどければ、見るも無残となった前足だったものの残骸の先に、踏まれていなかったことで原型を保っていた、小さな肉球部分があった。
それを、詩乃はブーツの踵を使って思い切り踏み潰す。
ぶしゃ、という音と、コンクリートの砕ける音と共に、ブーツの踵部分は半ばほど、地面に埋まってしまった。
それほどの威力だったのだ。
ヒールに押し込まれた先には、それこそ元が何であったかすら分からない状態にされた、肉球だったものがあるのだろうが、もはや見ることもかないはしない。
「フェル、もういいよ? 足がそれじゃあ、逃げられないでしょうし……ね」
詩乃に促されて、フェルステアは子猫から離れ、いくらか下がったところで控えた。
残された子猫はすでに両腕を失い、もはやうめく力も残っていないらしい。
じわじわと滲み出す血液からも、この子猫の命が残り僅かであることは、簡単に知ることができる。
「ふふ、死にそう? でもまだ死んじゃダメ。死体じゃ面白くないし」
コツ、コツ、と足を運び、詩乃はそれまでフェルステアが子猫を抑えていた位置へと移動する。
後ろ足はまだ健在だったが、これで遊んでいるうちに死んでしまうだろう。
小さいだけあって、生命力も小さいことが、何となく分かる。
そこで何を思ったのか、詩乃はブーツの踵部分を子猫の脇腹に引っ掛けると、器用にその身体をひっくり返してみせた。
ミャ……。
かすかな悲鳴が上がるが、詩乃は気にしない。
仰向けになった子猫をまじまじと観察した詩乃は、やがて口の端を歪めて笑ったのである。
「あは。君って男の子だったんだ?」
仰向きにされた子猫の下腹部には、小さいながらもそれがあり、詩乃にはまるで何かを主張しているように感じられた。
それが、彼女の中の残酷さに火をつける。
「残念ね? 一度もまともに使えずに終わっちゃうなんて……ね?」
しばし踵の先でちょんちょんと、それを弄んでいた詩乃だったが、やがて何の前触れもなくヒールを落とした。
ぐしゃり。
子猫の生殖器は、その下にあった腹の肉と共に、一瞬で圧壊する。
「ふふ、気持ちいい……!」
そのまま幾度か足首を捻り、生殖器だったものをグリグリと踏みにじる。
もはや抵抗の様子すらなく、死の痙攣を始めた子猫を見て、詩乃は軽く肩をすくめた。
「もう少し、頑張ってほしかったかな?」
じゃあとどめ、と詩乃は爪先部分で踏み込んだ。
これをすれば、もっと気持ちよくなれると確信して。
バシャ!
さほど加減もしなかったことで、子猫の頭蓋が一瞬の抵抗すら許されず、ブーツの靴底でひしゃげた。
同時に内容物が、四方に飛び出して床を汚す。

「――――ぁん」
一方で、詩乃も達していた。
自然、股間を手でまさぐろうとうするが、ホットパンツのせいでうまく伝わらない。
しかし下着がすでにぐしょぐしょであろうことは、確認せずとも分かる。
実際、その太股にはいくつもの透明な筋ができて、愛液を滴らせていたのだから。
「……ミニにすれば良かったわ。あぁ、もう……!」
ホックを外し、指を突っ込んで恥部をかき混ぜながら、やや欲求不満げに足踏みをする。
その間に足元は凄惨な状態になっていったが、詩乃はお構いなしだ。
そのあられもない姿をフェルステアに見つめられながらも、止められない。
幾度も足踏みし、死体を元が何であったか分からないような、ぐしゃぐしゃの何かに変えていく。
激しい自慰を続けたまま。
が、それが突然止まった。
「――え?」
詩乃の、どこか間抜けな声。
突然バランスを崩し、倒れてしまったのだ。
「あいたた……な、なに?」
尻もちをついて、その痛みが詩乃を少しだけ正気に戻らせた。
どうやら猫の残骸に足を滑らせてしまったようだが――それだけが原因ではなかったのである。
「あ。うそ」
見れば、右足のブーツのヒール部分が取れてしまっていた。
それでバランスを崩し、滑ってしまったのである。
「……大丈夫ですか?」
見ればいつの間にかフェルステアが身近におり、手を差し伸べてくれていた。
「あ、ありがとう……」
引き起こされた詩乃は、右足を曲げてその靴底を見てみるが、血と肉片と毛の混じりあったブーツの靴底には、立体的ですらあったヒールが無くなっていた。
「あーあ……。これ、けっこうお気に入りだったのに」
しゅん、となる詩乃に、申し訳ありません、とフェルステアが頭を下げる。
「今の詩乃様のお力に、この世界の履物が耐えられるはずもなかったことは、最初に気づくべきでした」
そういえばフェルステアは言っていた。
詩乃の力は常人の比ではなくなっていると。
実際、どんなに地団駄踏んだところで、ただの少女がコンクリートの床を陥没させたり砕いたりすることはできるはずもない。
「そっか……。ハイヒールって、けっこう華奢だものね。こんな扱いしたら、壊れるのも当然だと」
「事前に、こちらで用意すべきでした」
「フェルのせいじゃないし」
「ですが、このままでは欲求不満が残るでしょう?」
「う、うん……そうかも」
お尻を打った痛みで多少は冷水を浴びた気分にはなったものの、自慰を途中で止められたのだ。
一度達したとはいえ、とても満足の域ではないし、第一子猫はまだ残っている。
「新しい履物はすぐにとはまいりませんので……もしよろしければ、これを」
フェルステアはそう前置きし、その場にしゃがむと自身の足首に巻き付いていたベルトを外し、そっと黒のパンプスから足を抜いた。
両足でそれをすると、二足をそろえ、恭しく差し出したのである。
それを見て、詩乃はどきん、となった。
とても使用中の靴とは思えないほど綺麗に磨き上げられており、傷一つなく、妖艶な雰囲気すらあるパンプス。
しかも踵が高く、また細い。
いわゆるピンヒールというものだ。
ませていた詩乃にしても、この手の靴はこれまでまともに履いたことが無かったくらいのものである。
だから興味もあった。
あれを履いたらどんな気分になれるのだろうと。
ましてやあれで何かを踏み潰したら……と。
「で……でも、いいの? フェル、足冷たいよ?」
「問題ありません」
「それに、またやりすぎて壊しちゃったら」
「それも大丈夫です。今の詩乃様のお力では、それは壊れません。それはこの衣装と共に、千乃様からいただいたものですから」
「お姉さま……から?」
「はい」
それを聞いた途端、詩乃の顔がむす、となった。
軽い嫉妬である。
「……いいな」
「はい?」
「何でもない。それよりも、履かせてくれる?」
詩乃は右足をフェルステアに向かって突き出した。
「かしこまりました」
彼女はただそうとだけ答え、まずブーツを脱がしてくれる。
そして、代わりに黒いハイヒールを差し出してくれた。
するりと、足が滑り込む。
サイズはほぼ同じだったようで、さほど違和感も無い。
ただ先ほどまで履いていたブーツに比べると、不安定なのは明白だった。
バランスがうまくとれずに、ヒール部分がぎりぎりとコンクリートを削ってしまう。
「よろしいようですね」
履き心地を確かめている詩乃へと、フェルステアは問題無いと判断し、パンプスについていたアンクルベルトをそっと、止めてくれた。
「では左足も」
促されるままに、詩乃は左足を差し出す。
同じように、履き替える。
どんどんと高揚していく自分を、詩乃は自覚してしまう。
「お手を」
履き終えた後、まだ履き慣れない様子の詩乃へと、フェルステアはエスコートするかのように、手を差し伸べた。
迷わず取る。
「……ヒールが細いと、こんな感じなんだ……。何だか新鮮。ちょっと歩きにくそうだけど……」
「すぐに慣れますよ。詩乃様なら」
「そうね」
千乃に劣らず詩乃も、元々は運動神経のいい方である。
それに加えて千乃からもらった力もある。
不慣れなのは、それこそ一瞬だろう。
カツン。
一歩進む。
先ほどのブーツよりも甲高い足音。
余計に興奮してしまう。
「あぁこれ、絶対いけない領域に足を踏み入れちゃっているよね……」
「この程度、禁忌というほどでもありませんが」
小首を傾げるフェルステアであったが、しかし否定はしなかった。
「禁忌を破る快感は、私も理解できるつもりですよ」


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