第5話 脱走②
飛び降りてきた和奏のブーツに一瞬で踏み潰され飛び散る男子高生
『あ、あの…和奏さまですか?』
「はいはい。私です。どうしたの?」
校内を歩くには似つかわしくないヒールの音を響かせて、和奏は鼻歌混じりに颯爽と進む。
そんな彼女の元に、クラスメイトから電話がかかってきた。
『あ、あの……ええと…………見つけました』
電話の向こうの声は、恐々としながらも逡巡した様子を見せたあと、そう告げる。
「そ。ご苦労様。で、どこ?」
『校門のすぐ近くです。その……誘導したほうがいいでしょう……か?』
「じゃあお願いしようかな?」
電話の中で細かく指示を出した和奏は、獲物がこちらに向かってくることになったこともあり、歩くのをやめた。
小人になってしまった生徒――この学校では和奏の定めたルールを破って一定の範囲から出てしまうと、自動的に縮小してしまう魔法がかけられているからだが――は、和奏とは対照的に、必死になって走っていた。
「こんな所……絶対にいられるもんか! 逃げてやる――絶対に逃げてやる!」
走る男子生徒は、必ず成功するという確信をもっていった。
何故なら今回脱出を図った五人以外にも、あのクラスには同調者がいるからだ。
そんな彼らの協力があれば、きっとどうにかなる。
学園の敷地を出れば、この縮小の呪いも解けるはず。
そうしたらしかるべきとこに駆け込んで、全てを訴えてやるのだ。
そうすればあの比良坂和奏もこの学園も終わりだ。
破滅させてやることができる!
そんな希望を胸に、事実その少年は途中、こちらを捜していることになっているはずのクラスメイトの一人に先導され、校門に向かっていたのを進路変更し、裏門に向かったのだ。
校門には和奏が待ち構えているから、という情報があったからだ。
これでどうにかなる。
そう思い、裏門近くに至ったところでさすがに疲労した少年は、いったん立ち止まって荒く呼吸を繰り返した。
あと少し。
あと少しだ。
「行く……え?」
ぽたり。
何かが少年の頭上から落ちてくる。
雨……?
違う。
赤い雫。
血、だ。
「なっ……!?」
驚いて見上げれば。
黒いものが目に入った。
細く尖ったものが突き出した、特徴的な造形。
ピンヒールの靴底だ。
「やっと気づいた?」
声もした。
と同時に、組んだ足の方のブーツのヒールに溜まった赤い雫が、またぽたりと落ちてくる。
それはブーツの靴底にこびりついた血肉から、じわと滲んで垂れてきたもの。
「あ……あ……!」
少年から見て少し高い位置の塀に腰かけて、血塗られたブーツを揺らしながら待っていたのは、どうみても和奏である。
そして頭上の惨状を見れば、すでに誰かが和奏に見つかり、無惨な運命を辿ったことは明白だった。
「な、なんでここに……?」
「あ、君の仲間と思っていた彼が手伝ってくれたんだよ?」
「う、うそだ……!」
「うそじゃないし。仮に万が一、君たちの誰か一人でも脱出に成功したら、逃げなかったクラスメイトももちろん連帯責任だものね? 自分たちだけ助かろうって薄情な友達を、誰が助けるの?」
「う、あああああああっ!」
少年は駆け出す。
全力で走る。
ここにいたら殺される。
ここにいたら――
「よっと」
グシャッ!!!
組んでいた足を解いた和奏は、逃げる少年を目を細めて見送ると、その場からえいっ、と地面に向かって飛び降りてみせたのである。
ちょうど、少年の進行方向目掛けて。
「はい、三匹目、と。あ~あ、思い切り踏んじゃったから、凄い飛び散っちゃったね? これじゃあ原型も残ってないよねえ……可哀想」
事実、少年を踏み潰した右のブーツのソールの全体から、真っ赤な血が同心円状にもの凄い勢いで広がっていた。
即死どころか、彼女の言う通り、ひしゃげて何が何だか分からない状態になり果てていることだろう。
「ふふ。あ~あ。ぺっしゃんこ。可哀想にね。ふふ、あははは」
和奏は踏み潰したブーツのヒールを軸にして、爪先を持ち上げ、少し右に反らしてみれば、完全に地面に張り付いてしまっている少年の残骸が、そこにはあった。
それを見て、和奏は愉快気に笑う。
ここに至り、じわじわとこみ上げてくる快感が、徐々に下腹部を刺激していることに気づき、余計に笑みが深くなる。
「さて、あと二匹。今日は三匹踏み殺したから興奮してきたわね。ああ、踏み潰すのが楽しみ……あはっ」
和奏がその場をヒールを鳴らしながら立ち去った後には、救いようがない程に破壊されつくした、憐れな残骸の残るのみだった。