第1話 明莉の男嫌い
ピンヒールブーツに踏み潰されるナンパ男
「ちょ……嘘だろ!? 何でいきなり……!?」
男は一瞬、何が起こったのか分からなかった。
気づけば景色が一変し、目の前には巨大な黒いものがそびえたっていたのである。
女性もののブーツ。
ヒールの高い、高級感のあるニーハイブーツだ。
身なりも良く、お淑やかな雰囲気で、どこかの良家のお嬢様のような雰囲気でありながら、一方で大人びた妖艶さをみせるファッションに、男は迷わず声をかけていた。
声をかけられた女は表情一つ変えず、しかし何も応えない。
男がさらに言い寄ろうとしたら、視界が変わってしまったのである。
ぞっとしながら上を見上げる。
そこには目の前にいたはずの女。
相変わらずの無表情で、まるで生ゴミでも見るような瞳が注がれている。
と、目の前にあったブーツが動き出した。
女からすれば軽く上に、足を上げただけ。
しかし男からすれば、大きな構造物が持ち上がったに等しい。
そしてそれは、ゆっくりと落ちてくる。
男に向かって。
「やめ……ぐあっ!」
逃げる間も無く、男は地面とブーツの靴底の間に、押し付けられる。
そのままじわじわ、と圧力が増していく。
メシメシ……。
全身が軋み出す。
「う……が……!?」
男は必死に耐えた。
しかしほとんど無意味だったと言っていい。
「う……ぎゃべあっ!?」
メジャリ、と湿った音と骨が砕ける音と共に、男の全身は文字通りひしゃげてしまった。
だが構わず、限界まで女は靴底への圧力を強めていく。
そして感触が無くなったのを確かめてから、二、三、踏みにじった。
当然、男は原型も残らない。
「あれ? さっきナンパしてきた彼はどうしたの?」
「……ここにいるけど」
不意に声をかけてきたのは、今し方男を踏み潰した女――明莉の友人である怜奈だ。
明莉と同じ年頃でこれもまた美人であったが、明莉に比べると多少派手な印象がある。
その怜奈は明莉の足元を見て、呆れてしまう。
明莉がブーツをどかすと、そこには見るも無残な残骸が残っていた。
その一部は未だに靴底にこびりついたままなのか、明らかに肉片の残滓が少なくはあったが。
「って、また踏み潰してるし。まあまあのイケメンだったのに……あーあ、ぐちゃぐちゃ。気に入らないと問答無用で小さくした挙句、無表情で踏み潰すんだから、相変わらず怖い子ねえ……」
「男は嫌い」
「明莉は和奏さまのことしか見てないものね。ま、いいか。あたし、女に生まれて良かったわ。明莉も一緒に遊んでくれるし」
「うん。怜奈のことは好き。和奏さまの次にだけど」
「うふふ、それでも十分。じゃあ行こ?」
こうして二人は予定通り、遊びの続きに向かう。
地面には、物言わぬ肉片のみが、虚しく残されていた。