第7話 ニーハイブーツで巨大化
ブーツに踏み潰されて圧壊していく人間たち
「……彼氏君?」
雑踏の中、わたしはようやく思い出したかのように、彼の姿を探した。
でも見当たらない。
さっきまで一緒に歩いていたというのに、どうやらはぐれてしまったらしい。
困った彼氏君だ。
本当はわたしが好き勝手にあちこち歩き回り、彼氏君を連れまわしていた結果ともいえる。
わたしの体力についてこれなかったのだろう。
「まったく仕方がないですね」
立ち止まったわたしは苦笑する。
今日のわたしの姿は白を基準とした服装であるけど、足元は黒のニーハイブーツを履いており、彼氏君の要望通りの姿だ。
実にスカートと、膝上まで包まれたブーツの間の太もも部分が、彼氏君いわく艶めかしいらしい。
確かに今日のデート中、ずっと好奇の視線に晒されてはいた。
「さてどうしましょうか」
探してあげようにも繁華街はこの人ごみである。
ちょっと難しいかもしれない。
ならば代わりに見つけてもらおう。
少し目立てばきっとすぐに分かるはず。
そう考えて、わたしはさほど迷わず魔法を使った。
普段は人間にかけて縮小化し、玩具にしたり踏み潰したりする魔法の応用で、これは対象を巨大化させるもの。
今回は自分自身が対象。
ちょっと目立ち過ぎるので、騒ぎにならないように周囲には軽く暗示の魔法を使って記憶が残らないようにもするし、それにどうせ、近くの者はこの後生きて帰ることもないから問題ないだろう。
「ん……よっと」
背伸びをするように、わたしはその場で大きくなってみせた。
視界がぐっと変わる。
大きさは……これくらいでいいかな。
十メートル程度の大きさになったわたしは、適当な視界になったことに満足し、足を一歩だけ動かした。
ぐしゃり。
すぐにも柔らかい何かがひしゃげる感触が、ブーツの靴底から伝わってくる。
よどの運の無い人間が近くにいたらしい。
「みなさん。近くにいると踏んでしまいますよ。……おひとりもう潰れてしまっていますけどね」
一応、周囲にいた人間たちに、注意を促しておく。
見れば、ピンヒールブーツの足首あたりくらいの身長になっていた人間たちが、突然のことにぽかんとなって見上げる中、その中の一人がわたしのブーツの靴底とキスをしていた。
ちょうどソールの部分で顔面を踏み潰されていて、はみ出た下半身がぴくぴくと痙攣している。
軽く一歩踏み出しただけで、その人間は圧壊していた。
ただ軽く体重移動しただけで、これである。
固い骨はアスファルトとブーツの靴底の間でプレスされて粉砕され、柔らかい肉の部分はペースト状になって、接地面から飛び出していた。
まあ、即死かな。
「ふふ。小人を踏み潰す時は、それなりに力を込めて踏まないとこうはなりませんが、自分が大きくなると、実に暴力的ですよね」
何せ元となる体重がまったく違うのだ。
しかもピンヒールなどという、地面との接地面の少ない靴を履いているものだから、こんなものに踏まれたら人間など一瞬とて耐えられるはずもない。
そして手加減などほぼ不可能。
こうなった場合、基本、蹂躙するだけになる。
「彼氏君は……いた」
視界が高くなったことで、遠くから慌てて走ってくる彼氏君を見つけることができた。
ずいぶん慌てているようで、何とも可愛い。
このまま待っていようかとも思ったけど、気分が良かったので、こちらからも近づいてあげることにする。
ゆっくりと、彼氏君が喜びそうなモデルウォーキングを真似しながら。
「い、いやぁ――――がべっ!?」
茫然自失となっていた周囲の人間は、わたしが歩き出したことで一気に恐慌状態になった。
でも気にしない。
わたしは足をクロスさせながら、彼氏君にみせつけるようにして一歩一歩歩いていく。
その一歩目で、近くにいた女と思しき人間を踏み潰した。
最初に足元にいた人間を踏み潰した右足はそのままで、左足のブーツの靴底が、逃げようとした女の下半身の一部を踏んだのである。
バギギッ!
「ぎゃあ――――!!」
一瞬で女の足の骨が粉砕。
血肉を飛び散らせ、痛かったのだろうか、耳障りな悲鳴が聞こえた。
そのまま女を踏み潰した左足の爪先を捻りながら、今度は右足を持ち上げる。
すると全体重が左の爪先にかかり、その重量に耐えきれなかったのか、アスファルトが陥没した。
「ぎゃべ!?」
わたしが左足で踏んでいた女は、ブーツが沈み込んだ際に上半身を残して下半身のみが沈み込み、引き千切られて夥しい量の出血がブーツの爪先を濡らす。
それ以上の興味も湧かなかったので、先へと歩みを進めていく。
およそ五歩。
ゆっくり歩いたこともあって、その五歩の間にブーツに踏み潰される人間はいなかった。
でも。
「ふふ」
わたしは笑みを零すと、その五歩目に強めに足を踏み下ろしてやった。
ヒールから地面に突き刺さったブーツは、まるで柔らかい雪の上でも踏むかのように地面に沈み込み、その衝撃は周囲のビルの窓をことごとく粉砕させた。
そして同時に起こった局所的な地震により、逃げ惑っていた人間がばたばたと面白いように転倒する。
彼氏君も転んでいた。
ちょうどあと一歩くらいの距離かな。
わたしはその一歩を踏み込む。
彼氏君の目前に振り下ろされたブーツは、そこに倒れていた男を一瞬で圧壊させ、血しぶきをブーツの隙間から勢いよく吹き出させた。
当然、すぐ近くにいた彼氏君の全身が、血をシャワーを受けて真っ赤に染まる。
「……駄目ですよ。彼氏君。はぐれたりしたら」
ぺたん、と尻もちをつく彼氏君の目の前で、わたしは左右にブーツの爪先をにじり、潰れた男の死体をぐちゃぐちゃにしながらそう告げた。
「あ、ああ……エラ、様……申し訳……ありません……!」
あ、土下座してるし。
わたしのちょっとしたいたずらに、どうも彼氏君は本気で怒っているのだと勘違いしたらしい。
完全に奴隷モードだ。
「もう……彼氏君ったら。可愛いですね」
苦笑して、その場にしゃがみ込む。
そのせいでブーツの爪先に加重がかかり、バキバキっとアスファルトが砕けていったけど、沈み込みはしなかった。
ただ踏みつけたままになっていた男の死骸が、もう見るも無残な状態になっていたけれど。
「大丈夫ですよ。別に怒っていません。あと、ごめんなさい。血で汚してしまいましたね」
わたしはそっと顔を彼氏君に寄せると、ぺろりとその顔を舐めて血糊を落としてやる。
十分に舐めとってあげると、彼氏君は唾液でべとべとになっていた。
でも何だか幸せそうだ。
「お詫びです。彼氏君のために、周りにいる人間、みんな踏み潰してあげますね。好きですものね、そういうの」
わたしの言葉に、こくこくと頷く彼氏君。
これで人間たちの運命は決まってしまった。
とりあえず視界に入っている人間は皆殺し確定。
彼氏君のためにも、とびきり残酷に殺してあげよう。
それだけ殺せばわたしもそれなりに興奮できるでしょうし、今夜は彼氏君を寝かせないことになりそう。
それを想像して。
わたしは久しぶりに心躍らせたのだった。