第2話 卒業パーティとピンヒールサンダル(前半)
ヒールで少女の手を踏み潰し、穴をあけ、それを舐めさせる残酷試験
「来てくれたんですね、エラさま! 嬉しいっ」
開口一番、そう言って抱き着いてきたのは、やや小柄な少女だった。
勝気そうな瞳は相変わらずで、しかし今は心から嬉しそうにわたしにじゃれついてくる。
「せっかく招待してくれたんですから、来ないわけにもいかないでしょう?」
「ふふふ……」
しばらく甘えていた少女は、その体勢のまま視線を足元に移し、さらに喜色を浮かべた。
「あは。ちゃんと履いてきてくれたんですね?」
「ぴったりでしたよ?」
「当然! エラ様の足のことなら私が一番よく知っているんだから」
自慢げに胸を張りながらも、うっとりとしてわたしの足を眺める少女。
どうやら相変わらずのようだ。
「ふふ……よくお似合いです」
「ありがとう」
頷きつつ、わたしも改めて足元を見やった。
わたしが履いているのは、青を基準としたピンヒールサンダル。
ソールもまあまあ厚いタイプのせいもあって、かなりのハイヒールだ。
ヒール部分やベルトは金色に輝いており、普段履きというよりは、明らかにパーティなどの特殊な用途に使用するタイプのものだろう。
目の前の少女も似たようなサンダルを履いており、色は黒である。
服装は二人ともパーティドレスを着ていて、それなりに着飾っていた。
このハイヒールやドレス姿を彼氏君に見せて感想を聞きたいところだけど、残念ながら彼は仕事だ。
もっともこんな姿を見せたら、あっという間にあそこを膨らませてしまうのだろうけど。
まあ今日はいいかな。
今夜はこの子を優先させるために来たのだから。
「エスコートします」
どう見ても年下の女の子にそう言われるのもおかしな感じだけど、構わずに手を差し出す。
それを受け取った少女――比良坂和奏は、やはり嬉しそうにわたしを会場に誘ってくれたのだった。
※
私立比良坂学園。
というのはこの国でいうところのいわゆる高等学校なのだけど、今日はその学園の卒業式の前日だ。
今は和奏が主催した卒業パーティーが行われている。
来賓は多い。
政界・財界に顔が利く者も多数出席しいるようで、在校生はもちろん、かつての卒業生も参加しているとか。
これだけでも普通の高校とはまったく違う世界でもある。
もちろん、比良坂学園というのはかなり特殊な学校だ。
あの和奏が経営しているのだから、普通のわけがない。
そして今日とて、まともにパーティを楽しめるというわけでもないのだ。
※
「エラさま。この三人です」
別室に通されてしばしくつろいでいると、和奏が男女三人組を連れてやってくる。
男が一人、女が二人。
この学園の制服を着ており、三人とも学生だ。
誰もが緊張して私を見返している。
「この子たちが?」
「はい。エラさまが選んで下さい」
「本当にいいの?」
「せっかくエラ様が日本に来て下さったんですから、この三人はむしろ幸運。どんな結果になろうとも、ね」
くすくす、と和奏は妖しく笑う。
「そう」
頷いて、わたしは改めて三人を見返した。
和奏の招待状には、わたしへの頼み事も書いてあったから、何をすべきかはよく分かっている。
要はこの三人が卒業するに値するかどうか、最終審査をして欲しい、というものだ。
卒業枠に別段上限はない。
三人とも合格させてもいいし、全員不合格にしてもいい。
わたしがどんな理由でどんな判断をしたとしても、和奏は何の不満も持たないだろう。
そういう子である。
ああ、ちなみに今年の比良坂学園の卒業候補生は、この三人だけだとか。
あとはみんな、和奏に処分されたのだろう。
ここはそういう学校なのだから。
さて、別に適当に選んでも良かったのだけど、せっかくだからちょっと観察してみようか。
ん……ああ、なるほどね。
「あなた」
「……はい」
やや緊張した面持ちで返事をしたのは、一番右端にいた女子生徒。
「合格ですよ」
「え……? どうして……ですか?」
驚いたのか、その女子生徒は不思議そうな顔をしつつ、聞き返してきた。
普段はきっと、抑揚のないしゃべり方をするのだろう。
でも今は精一杯驚いているとか、そんな感じかな。
「元々和奏が選んでいたのはあなたでしょうからね」
そう思う理由は二つ。
一つは魔力を持っていること。
つまり魔法使いとしての素質があり、恐らくこの子が和奏の弟子で間違いない。
そしてもう一つの理由は、師弟以上の関係が二人にはあるということ。
どう見ても和奏のマーキングがすんでいるから、いわゆる恋人といったところか。
和奏は同性でも気にしない子だしね。
「良かったわね、明莉」
「はい……」
和奏の祝辞に明莉と呼ばれた少女もほっとしたようだ。
「エラさま。あとの二人は?」
「そうですね。不合格でいいんじゃないですか」
あとの二人は特に何かがあるようには思えない。
不合格にする理由もないけど、合格にする理由もないといったところ。
ならすでに一人合格にしたのだから、あとは不合格の方が和奏はきっと喜ぶだろう。
「ふふ、良かった」
絶望の表情をみせる男女二人など気にした風もなく、和奏はぺろりと唇を舐めとる。
案の定、といったところか。
「じゃあエラさま? 残りの二人、好きに処分しちゃって下さい。あ、希望としては、私が贈ったそのサンダルで踏み潰して欲しいかな」
「そんな……!」
「ま、待ってくれよ……!?」
慌てる二人だけど、まあ運命は最初から決まっていたのだ。
和奏は私の彼氏君と似ているところがある。
自分の好みの衣装や靴を贈ってくれて、それで他人が蹂躙される様を鑑賞するところ。
まったくもって歪んだ性癖ではあるけれど、私としては可愛いと思えるポイントでもある。
そしてわたしに対して被虐的なところもまた同じ。
でも和奏と彼氏君とで決定的に違うのは、和奏はわたし以外に対しては酷くサディスティックなのだ。
今だって、死刑宣告をされた二人の男女のことなど、自分の性欲を満たす玩具程度にしか考えていないだろうしね。
「いいですよ」
ともあれ可愛い弟子の頼みである。
断る理由は何もない。
そう。
和奏は私にとっての魔法の弟子の一人。
この子もまた、私と同じ魔法使いなのだ。
「ふふふ、やった♪ さぁどんなシチュエーションがいいかな? 小さくして踏み潰す? それともせっかくここまではこれたんだし、ご褒美にいいことしてもらってから死のっか」
ご機嫌になる和奏はなるほどやはり可愛い。
本当に久しぶりであるし、今夜はもっと可愛がってあげようかと――そう思った矢先だった。
「きゃっ!」
小さな悲鳴を上げて、女子生徒がその場に転倒する。
突然転んだようにみえたけど、違う。転ばされたのだ。
卒業を約束されたもう一人の女子生徒に足を払われて。
「な、明莉……? いやぁっ!」
動転する女子生徒のことなど無視して、明莉は無造作にその後頭部をローファーで踏みつける。
手加減などしているようには見えなくて、顎から落ちたその女子生徒は悲痛な声を上げたけど、表情ひとつ変えることなくぐりぐりと踏みにじってみせた。
思わぬ展開に、さすがにちょっと驚く。
「……何してるの?」
「あ、明……莉……?」
「命乞いしないの?」
明莉に冷たくそう言われて。
その女子生徒ははっとなったようだった。
そしてすぐさまわたしの足元まで這い寄ると、舌を伸ばしてハイヒールを舐めだしたのである。
「……あらあら」
興味深く思ってしばし眺めていたけれど、案外うまい。
何度も同じことをしたことのある動きだ。
試しに足を組み替えて、軽く爪先を持ち上げてみる。
すると期待通り、当たり前のように靴底を舐めとり始めた。
じゅるり。
ぴちゃ。
卑猥な音が響き渡る。
「……お願いです」
そこで明莉が膝を折り、跪いて、私に懇願してきた。
「怜奈を……助けてあげて下さい」
あらあら。
なるほどね。
むしろ命乞いをしているのは明莉の方。
もう一人の女子を助けたく思っているのだろう。
さりげなく和奏へと視線を送れば、軽い苦笑が返ってきた。
「その子は明莉の親友なんです。といってもエラさまのお察しの通り、魔力はゼロだから、明莉みたいな素質はないの。最後に運があればもしかしてって思ってたんですけど、残念でした。明莉? 諦めなさい。エラさまに逆らうなんて、殺されても文句は言えないわよ?」
案外優しく、和奏はそう諭す。
もし別の者が同じことをしていたら、きっと有無を言わさずに和奏はその者を葬っていたことだろう。
やはりそれなりに特別な存在らしい。
「でも……っ」
「明莉」
今度は少し強めに名を呼ばれ、どうにか抵抗していた明莉もついに何も返せなくなってしまう。
これでこの怜奈という子の運命は定まったようなものだ。
「エラさま。ごめんなさい。どうぞ、それは好きにしちゃって下さいな」
「……好きにしていいんですか?」
「もちろんです」
「なら好きにしますね」
くすりと笑んで頷くと、私は不意に組んでいた足を地面へと下ろした。
バギィッ!
骨の砕ける音。
私の履いているサンダルのピンヒールが、地面についていた怜奈の手のひらを貫いたのだ。
「いやああああっ!」
激痛に悲鳴が上がるけど、構わずサンダルを左右ににじる。
ベギメギボギィ……!
ヒールによって粉砕される手の骨の感触と悲鳴をしばし愉しむと、ゆっくりと足を持ち上げてみる。
「ああああっ!」
じゅぶり。
手のひらからヒールが引き抜かれ、とめどなく溢れ出す鮮血。
「あらあら。赤いものがたくさん洩れていますよ? 早く塞がないと」
今度は穴の開いた手のひらを、ソールで踏みつける。
グジュ……ッ!
「おかしいですね? 全然止まりません」
小首をかしげつつ、サンダルに力を込めていく。
メギギギィ……!
「あ、ああ、あああああああ」
ソールが厚いため、正直さほど感触は分からない。
だから更なる感触を求めて踏み込んでいく。
やがて靴底全体に手のひらは圧し潰されていき、大半の骨は砕け散り、肉は弾け、ひしゃげてしまった。
にちゃ……。
そうして数分間念入りに踏みにじり、ようやくサンダルをどかしてあげれば、そこには変わり果てた手のひらだったものがあった。
粉々になった骨に、血に塗れてミンチになった肉と皮。あとは神経だろうか。
「あらあら。せっかく和奏にもらったサンダルが汚れてしまいました。どうしましょう。もちろん綺麗にして下さいますよね?」
わざとらしくそう告げて。
激痛と出血で朦朧としている怜奈へと、サンダルの靴底を突き付ける。
ぽたり、ぽたり、とヒールを伝って滴っていく血液。
自分の肉片のこびりついた靴底を目の前にして。
怜奈は震えながらも舌を伸ばすのだった。