第1話 白いブーツの履き心地

新品のブーツで踏み潰されて、履き心地を試されるシュリンカー
「あらあら。わたしにプレゼントですか?」
おずおずとわたしの彼氏君が取り出したのは、ショートブーツだった。
真っ白な編み上げショートブーツ。
ヒールはそれなりに高いものの太く、安定感があるタイプだ。
ソール部分も多少は厚みがあるので、意外にヒールの高さを感じさせない履き心地だろうことは、見ているだけで想像がつく。
「そ、その……エラ様、いやエラに似合うと思って」
「そうですか。どうもありがとう」
お礼を言いながら、わたしは自分の足元を見た。
今履いているのはスニーカーで、足元はもちろん、服装に至ってもさほど気を遣っていない。
今日は彼氏君とのデートなのに、である。
「あの……できたら……でいいんだけど、今履いてくれないかな……?」
その言葉に、わたしはきょとん、と首を傾げる。
「わたしは構いませんけど……いいんですか?」
デートだというのに、わたしがどこか野暮ったい恰好しているのは、彼氏君に合わせるためだ。
彼氏君は努力家でそれなりに優秀であり、大手の企業に務めているらしく、若い割には収入もまあまあである。
が、見た目は凡庸だ。
身長も170センチを下回っており、高身長というわけでもなく、顔も普通である。
ちなみにわたしとさほど身長が変わらないので、この手のブーツを履くと、わたしの方が背が高くなってしまう。
あと、本気でわたしがおしゃれなどに力を入れてしまうと、完全に彼氏君とは釣り合わない。
その辺りを考慮して、普段のごく普通のデートの時くらいは配慮してあげているのだけど。
でもどうやら彼氏君にすると、デートの時でも着飾って欲しいらしい。
セクシーとは言い難いが、それでもこういうブーツをプレゼントしてくるあたりからも、分かるというものだった。
でもね、普段からそういう靴や恰好をすると、つい嬲りたくなってしまうでしょ?
この可愛い可愛い彼氏君を。
だから我慢してあげているのにね。
「う、うん……。頼むよ」
「そうですか」
彼氏君が直接望むのなら、まあいいか。
たまにはね。
わたしたちは近くに座れるベンチを見つけると、そこに腰かける。
そのままブーツに履き替えようとすれば、目の前にしゃがみ込んだ彼氏君が、ごく自然な動作でその履き替えを手伝おうとしてくれた。
「あらあら。嬉しいのですけれど、人の目がありますよ?」
いつもの癖が咄嗟に出たのだろう。
もしくは望んだ結果かは知らないが、わたしに指摘されて、彼氏君は慌てて私の隣に並ぶように、ベンチに腰掛ける。
ちらちらと横目で見てくる彼氏君を焦らすように、ゆっくりとブーツを履き替える。
店で直接私が選んだわけでもないのに、サイズはぴったりだ。
わたしの彼氏君が、私の足のことを熟知しているが故だろう。

「ふふ……ぴったりですね」
「そ、そうか……良かった」
今まで私が履いていたスニーカーを受け取り、大切そうに仕舞い込んだ彼氏君は、ほっと安堵のため息をつく。
「さて、と」
立ち上がる。
当然ながら、今までと視界が変わった。
これでもう、彼氏君は見下ろされるでしかない対象である。
「うん、新しいブーツはいい感じですね」
少し周囲を歩き、履き心地を確かめてみる。
やはり思った通り、ヒールの高さの割には安定感があった。
またブーツだと、足全体をホールドしていることもあって、パンプスなどに比べると歩き易い。
「とてもいいですね。そんなに派手でもありませんし。ふふ……でも、ヒールの高い靴を履いていると、踏み心地の方も確かめたくなりますね」
少し、本音を口にすれば。
「用意は……してあるんだ」
当たり前のように、彼氏君が手にしていたカバンの中身を見せてくれた。
「あらあら」
ちょっと呆れてしまった。
中には何匹もの小人が入っていたからだ。
小人。
この世界に昔から自然発生している生物である。
人間によく似ており、大きさは数センチ程度から最大十センチ程度まで、いろいろいる。
なぜこんなものがいるのか、実はわたしは理由を知っていたが、世界では古くからの謎とされていた生き物だった。
ともあれ彼氏君がそんなものを取り出してきたということは――
「まさか、ここでしろ……と?」
「きっと、その方がエラが喜ぶと思って……」
「ですから、人の目がありますよ?」
小人は基本、野良の小動物と同じで放置されているが、だからといって一方的に虐げていい存在でもない。
いわゆる動物愛護法が適用される存在だからだ。
もっとも、虐待される小人の例は少なくない。
なまじ人間にそっくりなことが、嗜虐心をそそるのだろう。
わたしとしては小人などよりも人間を虐げた方が愉しいのだけど、だからといって小人を踏み潰すことに何ら躊躇いを覚えるものでもないことは、事実である。
そう。
彼氏君はわたしが加虐趣味があることをよく知っているのだ。
だからわざわざこんなものを用意してきたのだろう。
可愛いものである。
「まあ、彼氏君がせっかく用意してくれたのです。無下にはできませんか」
わざとらしくため息をついて、わたしは人差し指を立てた。
その瞬間、通りがら雑踏が消えた。
道行く人は多くいるが、誰もがこちらを気にしない。
初歩的な人避けの魔法である。
そう、魔法。
実はわたし、魔法使いなのである。
とっても悪い、ね。
そんなことをよく心得ている彼氏君は、人の気配が無くなったのを確認すると、わたしの足元に小人をばら撒いた。
大小いろいろ。
五匹くらいはいるだろうか。
「みんな弱っていますね」
動いてはいるが、鈍い。
「集めるのに時間がかかって……」
「まあ、逃げ回らないから、ちょうどいいですね」
そう答えつつ、何気ない動作で一歩踏み出す。
バギッ!
「ひぎぃ――――!!」
最初の一歩で、右のブーツのヒールが、一匹の小人を踏み潰していた。
といっても踏んだのは下半身だけだったようで、激痛にか悲鳴を上げている。
「ん」
そのままソールを下ろしたが、小人が小さいこともあって上半身はちょうどヒールとソールの間に収まり、これ以上は潰れなかった。
もっとも、とどめをさされた方が小人にとっては幸せだったかもしれない。
何せ苦痛が長引くだけなのだから。
わたしは構わずにそれを無視して、もう一歩踏み出す。
「あ、逃げましたね?」
左のブーツが振り下ろされる瞬間、次に踏み潰される運命であったであろう小人は、ぎりぎりのところでそれから逃れていたのである。
そのまま逃げ出そうと走り出した目の前に、今度は思い切り右のブーツを踏みつけてあげた。
そこには小さい、三匹目の小人。
びちゅ!
力を込めて踏んだことで、その三匹目は靴底と地面の間で圧縮されて、見事に弾け散ってしまう。
ちょうど、逃げ出そうしていた二匹目の目前。
たっぷりの血飛沫を受けた二匹目は、呆然として尻もちをついてしまっていた。
「順番が変わりましたが、次はあなたの番ですよ」
その目の前でぐじり、ぐじりと三匹目の死骸を踏みにじり、ぐちゃぐちゃしたあげたあと、その靴底を見せつけるように持ち上げたわたしは、ゆっくりゆっくりと二匹目に向かって靴底を近づけていく。
わたしからは見えないけれど、その靴底には肉塊と血がべっとりと付着していることだろう。
二匹目は逃げない。
いえ、逃げられない。
完全に腰が抜けてしまっていたからだ。
「もう逃げないのですか?」
もちろん、逃がすつもりもなかったけれど。
二匹目をまたぐようにして三匹目を潰したこともあって、二匹目はちょうどわたしの股の下あたりにいる。
ちょうど素敵な場所なのに、上を見る余裕も無いらしい。
引き戻されるようにして、右足の靴底が二匹目を捉える。
尻もちをついた状態で、腕に力だけで後退ってはいたけれど、それではナメクジ並の速さでしかない。
ヒールは浮いており、まずは爪先部分が、小人の両足を軽く踏みつけて、まず動きを止める。
メシ……メシ……。
軽く踏んだだけなのに、軋みだす小人の両足。
メシ……メギギギ……ボギンッ!
「ぎぃいいいいいい――――」
まずは両足が粉砕され、小人が絶叫する。
あとはもう、少しずつ靴底がかぶさってくるだけだ。
まるで巨大なローラに巻き込まれるようなものだろう。
ソール部分が完全に小人を押し倒し、地面に押し付ける。
暴れているが、正直なところ、靴底にはさほどの感触も無かった。
本当に、無駄な抵抗である。
ぐじ……ぐじ……ボギギギギッ!
爪先から徐々に体重をかけていく。
そのたびに潰れていく小人。
「ふふ……いい感触ですね」
そのまま頭部が圧壊する寸前で、わたしはひょい、っと潰しかけていた小人から足を上げた。
まだぎりぎり生きており、絶望と苦痛に満ちた小人の表情が、実に心地良い。
しかしその評定に、一縷の希望の光が浮かんだのを、わたしは見逃さなかった。
「あ、助けたわけじゃないですよ?」
別段、気が変わって踏み潰すのをやめたわけではないのだ。
その証拠に、一度持ち上がった血塗れのブーツが、勢いよく振り下ろされた。
今度は踵から、小人の頭に向かって。
バギャッ……!
勢いも重量も十分なヒールの一撃に、小人の頭など一瞬とて耐えられるはずもない。
ヒールは小人の頭蓋を踏み砕きながら、少し力余ってアスファルトすら陥没させてしまっていた。
そのままヒールを地面に突き刺したまま、二、三踏みにじる。
「ん……いいですね。ヒールが太めだから、小人もしっかり踏み潰せますし」
ズリ……と、ヒールを引き抜いて、右足を上げる。
そうすれば、真っ白なブーツの靴底は真っ赤に血に染まり、ぽたぽたの赤いものを滴らせていた。
それを食い入るように見つめている彼氏君。
ああ……もう。
ズボンごしにも分かってしまいますよ?
そんなに膨らませて。
「今日は普通のデートを楽しみたかったのですけれど、ね」
「ああ……ええと」
「でも、その物欲しそうな顔、素敵ですから、早めにホテルに行きましょうか」
彼氏君に見せつけるように上げていた足を下ろすと、残りの二匹を手早く踏み潰して処分する。
早速汚れてしまったブーツだけど、考えようによってはちょうどいい。
彼氏君が綺麗に舐めてくれるでしょうしね。
「エラ……エラ様……」
「ふふ、奴隷君モードになってしまっていますよ? 今は彼氏君でないと」
ぼうっとなってしまった彼氏君に軽くキスしつつ、わたしは魔法を解除すると、恋人らしく腕を組み、身体を密着させて先へと進む。
その後には。
地面にへばりつくようにして広がる小人の残骸が、血だまりの中に残されているのだろうけど、わたしはもう少しも気に留めていなかったのである。

